なくもんか(T_T)

夕凪なくもの「公式」ブログです。 小説を書いたり、書かなかったり。 そんな毎日と、自著についてのお知らせを主にします。たまにおススメの本を紹介したりします。 TwitterのIDは@sazamekunami01です。こちらもどうぞよろしく。 AmazonのKindleストアで電子書籍(小説)多数販売中。月刊群雛にも多数の小説を寄稿。E★エブリスタでも時々小説を公開。「超・妄想コンテスト 水場の恐怖」準大賞受賞。人気ブログランキングに参加しています。

明けましておめでとうございます。

昨年僕の小説を買ってくださったり、借りてくださったりして読んでくださった方々には、改めてお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

大晦日から元旦は、ひたすらテレビを観ておせちを食べていました。

さらに「おとそ」も飲まなければと、酒方面には詳しくないのですが、昨年ちょっとはまっていた日本酒を下のスーパーで買って来て、二日で一瓶開けました。

こりゃかなり太ってるだろうな……またジム行きまくりじゃないと元に戻せないかなあ……と不安になっていたのですが、正月が明けて改めて体重を計ると、なんとまさかの500g減!!!

やはり筋肉量なんですかね。
筋肉がある程度付いてきたから、正月かなり食べても大丈夫だったとか。

しかしその後きちんとジムには通いました。

さて、新作小説ですが、エブリスタで2月末ころ公開しようと思います。

改めて読み返してみて、「うーん、イマイチ」と思ったので、かなり修正しなければならないのです。

公開した際にはブログでもお知らせするので、どうぞよろしくお願いします。 

せっかく力を入れて書いた「君の名を見た」レビュー(ネタバレあり)が全く読まれていないことに、既に徒労感を覚えている。

さて、今年一年を振り返る、このブログ恒例の企画。今年もいってみようか。
と書きかけて思った。

俺は一年前、何をしてたっけ????(*_*;

色々なことがありすぎて、既に一年前を忘れている。
これも毎年のことだ。

という訳で、読み返してみた。一年前の記事を。この辺がブログのいいところ。

そして思った。
「実にしんどい争いをしていたのだな」と。
「争い」を仕掛けたことについては全く後悔していないし、「あの犬」に対する反撃は全く正当だったと思う。
そして「あの犬」がのこのこと俺のTwitterアカウントフォロー(しかも本垢と気持ち悪いキャラクター色の強い別垢とを使い)してきたことに対し、 即座に「ブロック」をかましたことも、今となっては実に爽快で正しい判断だったと思う。

だけど争いは「しんどい」し「めんどい」。

もともと不精な俺にとっては、むしろ「めんどい」の方が大きい。
さて、それはもう一年以上前の話だ。この辺にしておこう。 

今年一年。
本業のほうに終始していた。

だが夏頃、まだE★エブリスタで「妄想コンテスト」がやっていることに気づき、 懐かしい思いに駆られ、二匹目のドジョウとばかりに応募した。
これでも自信作だったんだ、自分では。
だが次々に落選した。この落選はあまりに不可解すぎる。末端の賞にすらかすりもしなかったのだ。

もしかすると俺が「サメ」を電子書籍に入れたことを怒られているのではないか、と密かに勘ぐっている。 
エブリスタに謝罪のメールを送るべきか?
いや、エブリスタはそんな些末な出来事に目を向ける企業ではないはずだ。と信じたい。

今年の俺の執筆活動は、ほぼこの「妄想コンテスト」への応募と落選で終わりだ。

後は来年に向けて、ちょこちょこと書いているものがあるが、上手くいくかどうかは分からない。

何度も俺は「書くのをやめる」と言っている。
だが一方で「書かずにはいられない俺」というのもいる。
どうしても書かずにはいられないんだ。
そういう時、一人PCに向かう。

村上春樹の「職業としての小説家」には、春樹が自分を分析して小説家として優れていた点として、「毎日淡々と同じ作業を続けられた点」を挙げている。

それは到底俺には無理だ。
まあ、大作家と末端の書き手を比べても、全く意味がないのだが。

だけどとにかく時々衝動的に、俺は書く。
それは今年も来年も変わらないだろう。

ちなみに、去年末登場したストーカー女。
今年は綺麗に現れなくなった。めでたしめでたし。

2011年3月11日。津波が押し寄せた街、津波が引いた後の荒涼とした大地。
その風景に大きな絶望感を抱き、その津波に流されて亡くなったたくさんの人たちが「もし生きていたなら」「もっと多くの人々を救えたのではないか?」 という、素直な願望を体現したのが『君の名は。』です。

こう書くと乱暴でしょうか?
誤解があるでしょうか?

しかし、そもそも隕石の落下で「街一つ「だけ」が吹き飛ぶ」なんてことはないはずです。
隕石の落下は、もっともっと甚大な被害を及ぼすはずです。日本列島そのものを危機に陥らせるような、時には地球規模の。
ところが架空の田舎街だけを綺麗に隕石は飲み込み、その範囲外の「××高校に住民を避難させればいい(住民は助けられる)」という計画が発動します(実際それは成功します)。

そんなことがあるでしょうか?

これはまさしく、津波が押し寄せた際、津波から逃れられる「高台や津波の範囲外の場所(町に再び戻って津波被害に遭った人も多いと聞きます)」のメタファーではないでしょうか?

僕はTwitterに、「骨だけの映画」というようなことをツイートしました。

『君の名は。』は、特に若いカップルに大人気だと聞きます。
実際僕がレイトショーに行った時も、若いカップルの姿がたくさん見られました。

それを考慮し、敢えて言うなら、『君の名は。』は非常に「コスパのいい映画」と言えるのではないでしょうか。
だらだらと描写だけが続き、「結局何を言いたいか分からない」という映画・アニメ・漫画・小説の類は多いと思います。ところが『君の名は。』は、ズバリ「言いたいこと(骨、構造)だけを言ってくれている」のです。

観る者は、そのまんま受け取ればいい。
隕石で荒涼となった田舎の大地は、3.11後の東北の大地だ。あの若い男女二人(瀧と三葉)は「(当たり前だが)恋に落ちるのか」。
大まかに考えるのはその二点でいい。乱暴に言ってしまえば。
その二点が「構造の中心」です。
残りの二人の体が入れ替わってお互いの体に驚き戸惑っている姿や、「瀧がバイト先の先輩に淡い恋心を抱いていること」や、「三葉が謎の巫女をしていること」や、三葉が高校の友達とつるんで発電所爆発事件を起こしたこと(しかし一介の高校生がどうやって?)などは、全て「余談」です。

若い受け取り手は、中心の二つの「点」だけを受け取れば、この映画の「描きたいこと」はほぼ受け取ったと言っていいでしょう。それほど単純で明快な映画と言って過言ではありません。
だから「コスパがいい」のです。
このコスパの良さが、若いカップルに受けたのかなと、僕は思いました。
今の若い人は何事にも「コスパ」を大切にすると言いますからね。

それにしても、瀧も三葉も、都合よく「忘れる」。
本当に都合よく忘れます、特に名前を。
どうして「名前だけを忘れる」のでしょう? 率直に僕には意味が分かりません。
ただ考えるなら「切なさの演出」としか思えません。
名前を忘れて、「君の名は?」と何度もリフレインしたほうが、絵になりますからね。
名前だけを都合よく忘れる「理由」も提示されません。

また本作は「空間の他に時間」も超えますが、これは物語の作り手なら「安易に逃げた手法」だと分かるでしょう。
もし「時間が同じ」なら、今なら携帯もネットも普及しているのですから、すぐに相手に電話なりメールをすればいいのです。
もし「時間の変更」がなければ、三葉なり瀧なりが相手に電話やメールしたとき「不自然になってしまう」。その「矛盾を埋められるだけの理由が思いつかない」という時、安い物語の書き手は(僕のように)、安易に「時間をずらして」しまいます。
本作はまさにその手法です。

そして「忘れる」で「忘れてはならない」のは、瀧は「3年前に既に三葉と会っている、ということをすっかり忘れている」ということ。
そんな馬鹿な話はあり得ないでしょう。
一度不自然な出会いをした少女の顔を、忘れますか普通?
こんな馬鹿馬鹿しい、まさに「記憶喪失か?」「若年性痴呆か?」と思われるような、「不自然な記憶喪失」が何度も起こります。
これは単純に、「憶えていると、物語に矛盾が生じるから」に他ならないでしょう。
本来物語の作り手は、物語の矛盾を埋める「工夫」をするものですが、その努力をせず、「時間軸を変える」「記憶を都合よく忘れる」という「安易に流れている」姿勢こそ、僕がこの物語を好きになれなかった点です。

ハッキリ言えば、この程度の物語構造なら、僕でも作れる。
だけど僕には「こんな作画は決してできない」。

つくづく、アニメというのは有利なんだなと思いました。
特にこんなに可愛らしい絵で描くと、全然違います。
小説では全然伝え切れませんね。


#君の名は。感想

 

エブリスタで新作短編『三田さんの挑戦』を公開しました。

これは例によって「超・妄想コンテスト」に参加している作品です。 

最初は『それぞれの事情』というタイトルでした。
でも何となくインパクトがないと思ったので、上記の通り改題しました。

それにしても「超・妄想コンテスト」、二回目の受賞が遠いですね。
もはや受賞の仕方、忘れてしまいました。そもそもそんな「仕方」なんて「ない」、とは思いますが。
「ある」と勘違いして、「受賞の傾向」とか勝手に立てて結局「自分流」で書いて落選している人がいて、滑稽だなと思いました。

少なくとも「超・妄想コンテスト」で過去に準大賞受賞を経験し、過去の受賞作にも一応何作か目を通している身からすると、「傾向」なんて馬鹿らしいですね。 

でも自分の作品が最近受賞しないどころか、「優秀作品」にかすりもしない理由を、ハタと考えてしまいます。
もしかして、準大賞や佳作作品を非公開にしてしまったから!?

だとしたら謝るんで、受賞させてくださいエブリスタ様!!!!

 

エブリスタで、新作短編『恩返し』を公開しましたよ。

これは「超・妄想コンテスト」 のお題『「だから旅に出た」を使って小説を書こう』に、重い腰を上げて反応した小説です。

当初は参加するつもりはなかったんですよね。

「だから旅に出た」から、想像力・妄想力が全然湧かなくて。
「だから旅に出た」って、もう使い古された言葉じゃないですか。 そこから新たな発想が湧く、妄想が湧くって……最初は無理でした。

失恋した、だから旅に出た。
とか、
人生嫌になった、だから旅に出た。

みたいな、定型文しか思い浮かばない……

でもちょっと思いついたことがあったので、書いてみたら……まあ本作もその定型に見事に絡めとられたわけですが、ちょっと変化して、宮沢賢治なんかを入れてみました。 

後から他人の作品をざーっと眺めてたら、他にも宮沢賢治を使ってる「らしい」(読んでいない笑)妄想(小説?)もあり、やっぱり「旅=宮沢賢治」という定型に、縛られてしまってまたつまらないかなあ……と反省しきり。

このお題の「大賞」は気になりますね。
どこまで、この溢れ出る「定型」から逃れられた作品なのか。

少なくとも僕は「定型」から逃れられなかったような気がします。

とは言え、定型が定型と分からないような工夫も色々施した上で、書いていますので。
お時間ある方は是非読んでみてください。

例によって落選の場合は非公開ですよー。
後日電子書籍になるかどうか……はまだ決めていません。

0時近くになったら、TwitterでURLを呟きます。 

しかし「恩返し」とは、また定型のお題でした……これしか思いつかなかった、夏。
暑いと思ったら台風が来て、雨じとじと、予定が狂いますね。←何言ってるんだか。 

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